1:名無しさん@おーぷん:2016/01/14(木)08:29:13 RUP
不思議体験と言うか、なんとなくこの話を大勢の人に話したいなぁと思ってスレ立てた

俺の祖父はというと、多くの特許を取得したと言う町工場の社長だった。
俺が覚えている一番古い記憶(何歳か不明)では、
すでに隠居を始め工場に顔を出すことも少なくなっていた。
享年98の大往生から逆算すると、当時祖父は70ぐらいだろう。
70にしてはガタイはよく覇気はあり声もデカイ。
見た目40とかそこらのオジサンと言っても十分に通用したと思う。

だからこそ、俺が高校生の頃に大ボケ始めた頃はショックだった。
6:名無しさん@おーぷん:2016/01/14(木)08:44:04 RUP
老人介護が問題視されたり、祖父母の介護を妻が請負疲労困憊する話をよく聞くと思うが、
本当に大変だった。

祖父が四十年かけて築き上げた豪華な庭は荒らしまわるは、
裏山から降りてきたタヌキを見て俺の名前で読んでお小遣いあげていたり、
コンビニやスーパーで「支払った!」と、勘違いして警察呼ばれたことも多々あった
正月でもないのに餅つき始めたり、他所の家の柴犬を拉致してきたり、

もう引っ越して居ない人の家に遊びに言って「○○!酒持ってきたぞ!」と
あろうことか長靴装備の土足で上がり込んだ時は、その家の畳の張替えまでさせられた。
ついでに家に役所の人が来て、さんざん祖母と母を咎めていた姿は今でも晴れない気持ちになる。

それに祖父は職人気質を持ち合わせていた。
その為、よく祖母や俺の母を怒鳴る&殴る蹴るしていた。
そこに止めに入るのが俺の唯一できる介護状態だった。(大学受験も控えていたし

俺が無事に大学に入る頃になると、俺も祖父との付き合いを始めた。
主に監視や、アレ取ってこれ取っての小間使いだが、それだけでも大変だった
さらに財布を管理していたので「お前!俺の金取ったダロォ!」と殴られた事もあった
ちなみにこの時すでに祖父は俺が誰だか分からなくなり口癖のように「お前は俺の会社で取ってやる!」と言っていた。

この頃、俺の叔父に当たるオジサンが工場どころか会社ごと潰したので
本当に居た堪れない思いだった。その叔父は未だに行方不明だ。

未払いの給料を求めて訪れた従業員達を見て、祖父は「なに遊びに来てんだ!仕事しろ!」と怒鳴って、
それに切れた若い従業員がブチギレて祖父に掴みかかった時は大変だった。
祖父はなぜ掴みかかられたのかわかっていない様子だったので、尚更。